■ 聖徳太子墓古墳 ■
敏達陵古墳・用明陵古墳の間にある聖徳太子墓古墳は尾根頂部にある先の三古墳に較べ尾根頂部から一旦下がるところにつくられた二段築成の円墳である。内部にある横穴式石室には平安から明治時代初め頃まで入れたようだ。1940年の梅原末治の石室復原によれば、全長12.7m、玄室5.45m。奥に石棺らしきものがあり、手前に二つの上に夾紵棺を置く石製棺台がある。この石室は永く喜田貞吉により聖徳太子墓として古墳の年代基準とされてきたが、最近、白石太一郎がその時期を下げることから、確定的とは言えなくなってきている。聖徳太子墓であるとすれば、墳丘立地、切石の岩屋山式石室、夾紵棺、棺台の格座間といったそれまでの古墳に見られない新要素を多分に持ったものである。